1.ワクチンの歴史

ワクチンの歴史は、エドワード・ジェンナーによる種痘、すなわち天然痘ウイルスが原因で起こる痘瘡(天然痘)の予防から始まりました。そして、このワクチンが普及したことで、天然痘という病気は地球上から消滅しました。私たちは重篤な病気の脅威から解放されるとともに、サーベイランスやワクチンなどの対策を中止することができ、高い費用対効果が得られました。

2.免疫という現象への気付き

ジェンナーの故郷は英国のバークレイ、丘陵が連なり乳牛の放牧がさかんな酪農地帯でした。そこで彼が注目したのは、乳牛の乳搾りを生業(なりわい)とする搾乳婦たちは、天然痘に似た牛の病気である牛痘には罹るが、天然痘が流行しても彼女たちは発病しないという事実でした。そして、牛痘患者の水疱液を用いて、天然痘に罹らない抵抗力すなわち免疫が付与できることを実証したのでした(図1)。

二度罹りを防ぐ免疫という現象に気付いていた者はそれまでにも居ましたが、ジェンナーは、牛の類似疾患の免疫でヒトの病気を予防できると考え、かつ実践したことが、人類最初のワクチン開発につながりました。ジェンナーのひらめきは素晴らしかったわけですが、対象が天然痘だったこともラッキーでした。ヒトには多くの感染症がありますが、動物の病原体と交差免疫性があり、それがワクチンに応用されている疾患は、それほど多くありません。たとえば、インフルエンザや新型コロナウイルスに私たちは何度も罹りますし、似たような動物ウイルスに罹ってヒトの病気を予防できるわけではありません。

3.天然痘根絶の恩恵

天然痘は、人類がワクチンで根絶を成し遂げることのできた唯一の感染症です。1980年5月8日、根絶達成が第33回WHO総会で宣言されました。

天然痘の根絶は、恐るべき病気にかかる脅威を無くすこと以外にも大きな恩恵をもたらしました。新型コロナウイルスで経験したように、患者発生の監視は多大な負担を伴います。ところが天然痘は、患者がいなくなったわけなのでサーベイランスや検疫が不要となりました。

さらに、病原体が根絶されたので、予防の手段が不要となりました。根絶達成後に生まれた世代の者に対して、天然痘ワクチンは接種されていません。それまで、ワクチンの製造や保管、接種活動に要した費用や労力を他の用途に使うことができるようになりました。

また、単純な比較はできませんが、種痘は現在のワクチンと比べて副反応の頻度や程度が決して低くはなかったと考えられます。種痘後脳炎をはじめ、重篤な副反応も報告されています。ワクチンを中止することにより、これらワクチンの副反応を被る者もゼロにすることができました。

4.ワクチンの有効率とは

「有効なワクチン」とは、どのようなものを指すのでしょう。しばしば、「有効率」や「発症予防効果」の高いワクチンという表現が使われ、その数値が高いワクチンは有効性が高いとされます。

発症予防効果を表現する「有効率が90%」とは、“100人にワクチンを接種したら、90%の者は発症しない”という意味ではありません。“ワクチンを接種せずに発症した者のうち90%は、ワクチンを接種していたら発症を回避できた”という意味です。

たとえば、100人の集団で、全員がワクチンを接種していない場合、50人がそのワクチンで予防できる病気を発症したとします。そして、100人全員にワクチンを接種したら、発症者が5名に減ったとします。そうなると、ワクチンを接種せずに発症した50人のうち45人、すなわち90%は、ワクチンを接種したことにより発症を回避できたということになります。このような場合、ワクチンの発症予防の有効率は90%と表現します(図2)。

5.ワクチンの副反応

高い安全性が担保されることも、ワクチンの必須条件です。ただし、接種によって免疫をつけるというワクチンの特性を考えれば、付随して生じる副反応をゼロにすることは困難です。副反応の頻度が高くないこと、症状が重篤でないことが安全性を評価する指標となります。

ワクチンを接種した後に、偶発的に別の要因により体調が悪くなることも起こり得ますが、それをワクチンによる真の副反応と区別することは困難な場合が多いです。ワクチン接種後に生じた、からだに好ましくないあらゆる事象を「有害事象」と呼びます。すなわち、有害事象はワクチン接種との因果関係を問いません。

一方、ワクチンによる「副反応」とは、「有害事象」のうち、ワクチン接種との因果関係が否定できない事象のことを指します(図3)。

ワクチンの安全性については、常に迅速で適切な解析を行い、その情報は一般の皆様や社会に還元されなければなりません。健康な者に接種されるからこそ、ワクチンでは副反応の問題が他の薬剤以上にクローズアップされるという側面もあります。